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コンピュータ・インターネット Archive
【書評】アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか-濱野 智史
- 2009-12-02 (水)
- コンピュータ・インターネット
著者:濱野 智史
出版社:エヌティティ出版( 2008-10-27 )
価格:¥ 1,995
単行本 ( 352 ページ )
ISBN-10 : 4757102453
ISBN-13 : 9784757102453
Gooele、mixi、ニコニコ動画。いまのインターネットの話題をさらうサービスたち。
巷に氾濫するインターネット本では「Googleをどのように活用するか、mixiにおけるコミュニケーション方法指南、ニコニコ動画の話題の作り方」こんなタイトルが泳いでいる。
しかし、本書のアプローチはそれとは異にする。取り上げるサービス群は何ら変わりないが、サービスを解析する視点が違う。
キーワードは「アーキテクチャ」だ。
本書は学術本であり、情報社会論の学問領域に分類される。サービスの使い方というユーザー視点ではなく、なぜこのような仕組み・設計(システム的な意味ではない)がなされているのかという俯瞰的な問題設定である。
中でも秀逸なのが、2ちゃんねるやmixiが、なぜ日本で流行った・流行っているのか?という問題定義に「日本人=集団主義」という構図から半ば自然発生的に生み出されたサービスという答えを提示している部分だ。
「ムラ的共同体→内輪→世間に個人が埋没」
そして、この世間・社会に個人が埋没する過程がSNSでも起きているという。それが日本人にとっては快感・安心感であるとも言う。
日本人=集団主義という図式は今に始まった指摘ではない。
しかし、WEBサービスとは個人主義的な議論が多い。それを覆す本書は読む価値がある。
なぜセカンドライフよりもミクシィが日本で流行るのかがわかる一冊!
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【書評】ネトゲ廃人-芦崎治
- 2009-09-01 (火)
- コンピュータ・インターネット | ノンフィクション
著者:芦崎治
出版社:リーダーズノート( 2009-05-01 )
価格:¥ 1,365
単行本(ソフトカバー) ( 224 ページ )
ISBN-10 : 4903722163
ISBN-13 : 9784903722160
インターネット・オンラインゲームの世界に深く入り込み自らを「廃人」と称してしまうネットゲーマー19人のインタビュー形式のノンフィクション作品。
著者はノンフィクションライターで、『AERA』『プレジデント』『日経ベンチャー』『アントレ』『ジュディシャルワールド』などに執筆している。
「私が眠るとみんな死んじゃう」
この言葉に表れているのがネトゲ廃人に共通した思いだ。
ネットゲームの世界でも、弱肉強食の論理は通じているがリアルの世界の強者がネットの世界で当てはまるわけではない。ネトゲにどれだけアクセスし続け、ネトゲで経験値を増やすことでネトゲ世界での存在感・強度が増す。つまり、ネトゲ廃人を頂点としたピラミッドでは、頂点に君臨するには廃人化するほどにまでネトゲに没頭するしかない。全てをネトゲに捧げて初めてピラミッドの頂点に立てる。つまり、その他全てを捨てよと。
そうして、全てを捨ててネトゲの神となった者たちが、ネトゲ廃人と呼ばれる。
ネトゲ廃人に共通しているのは衣食住は最低限、ただしネット環境とPC環境は完全整備。
本書は、このネトゲ廃人19人の実態をインタビュー形式で分析する。
ネットゲームに遠い人にとっては、ひとつの病理事例報告に映るだろう。
ネットゲームというものに深く入り込んでしまった人、そして家族の助けで抜け出せた人、過去の自分と対比して廃人から脱却できた人、それぞれのネトゲ人生を赤裸々に告白している。
なぜオンラインゲームにだけ廃人が存在するのだろうか、テレビゲームとの決定的な違いがひとつある。
ネットゲームは基本的に終わりが存在しないということ。テレビゲームのようなオフラインゲームと違い最後のボスを倒すといった明確な目標がない。
ボスは存在しても、次から次へとボスは出てくる。年に何度か新たな要素(レアアイテムやボス追加など)が追加されるため、クリアして終了ということがない。
これがネトゲに一度入ると抜け出せない理由だ。
ネトゲ廃人は一種の引きこもりと同じであり、社会問題に発展する可能性もある。ネット大国の韓国では国家主導でカウンセリング対策が行われているほどだ。
本書は、ネトゲ廃人というものがどういう生活をし、どういう思考になっているか事例として報告されているだけだ。
より社会的な観点からは、ネトゲ廃人を生み出している開発メーカー側の主張や意見を聞いてみたい。この仕組みは、開発元のメーカーだけが儲かるオイシイモデルなのだが、それがネトゲ廃人という社会不適合者を生み出してしまっている。不登校や無断欠勤など社会的に悪影響を与えてしまっているネトゲ廃人をメーカー側はどう考えているのか。
とはいえ、身近な人に存在してもおかしくないネトゲ廃人の実態を知るにはこれしかない一冊。
ネトゲ廃人にならないには、ネトゲをやらないことだ。だめ!ぜったい!ネトゲ!
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【書評】ゲーデル,エッシャー,バッハ―あるいは不思議の環-ダグラス・R・ホフスタッター
- 2009-08-27 (木)
- コンピュータ・インターネット | 人文・思想 | 科学・テクノロジー
著者:はやし はじめ 柳瀬 尚紀
出版社:白揚社( 1985-05 )
単行本 ( 765 ページ )
ISBN-10 : 4826900252
ISBN-13 : 9784826900256
ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環 20周年記念版
著者:ダグラス・R. ホフスタッター
出版社:白揚社( 2005-10 )
価格:¥ 6,090
単行本 ( 763 ページ )
ISBN-10 : 4826901259
ISBN-13 : 9784826901253
どうやら20周年記念版も刊行されているようです。
原書は今から30年前に刊行され、日本ではその5年後に出版された一般向けの科学書。いまでは電話機の敷き物になっているGEBであるが、30年経った今でも読み返すこおとも多い、価値ある一冊である。
数学者、論理学者のゲーテル、だまし絵で有名な画家エッシャー、音楽家のバッハに共通する「自己言及」というテーマのもとに不思議の環という無限ループを炙り出す。
何よりもタイトルにあるとおりゲーテル、エッシャー、バッハを理解しておく必要があるためここにまとめておく。
「数学は自己の無矛盾性を証明できない」
ことを示した。数学自身による証明について記述可能ならば、自身を証明する事も、否定を証明する事もできない命題が存在してしまうということだ。つまり、自己言及するとそこに矛盾が生まれてしまうということ。それが本書でのメインテーマである「自己言及」につながる。
エッシャーの絵画は、錯覚デザインではない「だまし絵」だ。錯覚を起こさせるというメカニズムは同じだが、錯覚デザインによる錯覚は、色や形を認識する瞬間に起こる。だまし絵は、「見る」という状態が脳内で完成する直前に全体の矛盾を認識することをいう。心理学では前者を「低次知覚」といい、後者を「高次知覚」という。
上の写真は、エッシャーのひとつの作品だが、ここで表現されているのは「無限」「自己言及」である。滝が落ちて水車が回る。水車の右にある水路から見ると、水が奥に流れるにつれて水路の位置も低くなっている。ところが水路の支柱に視点を変えると、一番低いと思ったところから滝が落ち、水路の終着点が実は一番高いところになっている。
これは滝をモデルにしたものであるが、このような無限の連鎖、無限の自己言及というのはエッシャーの絵画では頻繁に見出せる。
ドイツ三大Bのひとり、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ。ドイツ語でBACHとは、小川の意味なので、小川さんとでも呼ぼうかな。
本書ではカノンやフーガの技法に見られる旋律の無限上昇から自己言及、無限の連鎖を取り上げている。
音楽理論はあまりよく知らないが、バッハの例でいうと、潜在的な無限が存在するカノン、「諸調によるカノン」を作曲する。宮廷に招かれたバッハは、王に与えられた主題を使ってカノンを作る。一見主題からどんどん遠のいていくように聞こえるカノンは、転調を繰り返して高まってゆき、1オクターブ高くなって元の調に自然に戻ってくる。
バッハはこの音楽の無限性を意識し、余白に「転調が高まるとともに、王の栄光も高まりゆかんことを」と記しているそうです。
これが大バッハの本書の自己言及、無限の連鎖に通ずる部分です。
さて本書は、主題(ゲーテル・エッシャー・・・・)と副題(不思議の環)を逆にしてもいいのでは?と思わせる。あくまでもメインテーマは自己言及と無限の連鎖である。それをゲーテルの不完全性定理、エッシャーのだまし絵、バッハの無限カノンから炙り出す。
ちなみに不思議の環というのは、端的には階層の螺旋を上昇・下降すると意外にも元の場所に戻ってしまうという概念であるが、詳しくは本書を通じて理解してもらいたい。
直感的に「不思議の環」の概念が分かるのは、エッシャーのだまし絵だろう。
「さぁ出発、ぐるぐる回って、同じ場所に戻った」これが絵画から読み取れる。
ただ直感的に分かるのはこの程度で、後半になればなるほど、数学的記述が多くなって恐らく脱落率は後半は急上昇しそうな本だ。
ただ、いま流行りの脳本なんかを読むよりは、本書を読んだほうが脳トレにはなる。
数学・美術・音楽あまりにも遠い3つが、ひとつになる瞬間は甘美である。
斜め読みでも通読するべきだ、全体理解にはかなりの根気がいるが一部理解でもいいから読みたくなる一冊。
読者は最後にきっと思う、「で、何を書いたの?」と。
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