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科学・テクノロジー Archive
【書評】使える!確率的思考-小島 寛之
著者:小島 寛之
出版社:筑摩書房( 2005-11 )
価格:¥ 756
新書 ( 222 ページ )
ISBN-10 : 4480062726
ISBN-13 : 9784480062727
銀座の宝くじで買っても当たる確率は、どれも一緒。だから1週間前から並んで買うような奴は馬鹿だと思う。いや今から思った。そして私はそこで買っていた・・。
偶然、銀座で1等賞が出たとする。そうすると、銀座で当たると評判が評判を呼び、買う人が増える。だから銀座で買った人の中で、当選者が出る確率は高まる。
と思っていた。
しかし、よく考えてみればおかしな話だった。
1枚の宝くじの当選確率は常に一定なのであって、今年も当宝くじセンターから1等賞が出ました!というのは、あくまでも大量に購入された場所だから、場所としての当たる確率が高いだけなのだ。
つまり、Aという場所は100枚しか売れない、Bという場所では1000枚売れたとすると、当然Aの10倍の販売枚数のBは10倍の当選確率だ。しかし、1枚あたりの確率は何ら変わりない。
こんな話を、確率論を忘れ去り、群がる銀座の宝くじセンターに並ぶ私に一筋の光を与えてくれた本書は、誰にでも勧めたい。
さて不確実性が高まっているといえば、それは誰もがうなずくだろう。
不確実性とは、平易に言えば将来何が起きるか分からないということ。
同義に「リスク」があるが、厳密には違う。リスクは過去データから可能性は導き出せるが、不確実性は生起確率が分からない。
その不確実性の時代を生きる中で、装備すべき知識が確率論だという。
確率論を知っているのと、使えるのでは大きく違う。使えるというレベルにまで持っていってくれるのが、本書だ。
参考までに、目次を。
Ⅰ 世界は不確実に満ちている
第1章 ツキに法則ってあるの?
第2章 確率法則ってなに?
第3章 確率だって使いよう
Ⅱ データの眺め方ひとつで世界は変わる
第4章 統計も見方ひとつでとっても面白い
第5章 標準偏差で統計の極意をつかむ
第6章 確率の日常感覚はゆがんでいる
Ⅲ 確率と意思決定
第7賞 ビジネスに役立つベイズ推定
第8章 人は、観測できない世界を見落とす
第9章 真似することには合理性がある
終章 不確実性下における選択の正しさとは何か
ビジネスマンであれば、ベイズ推定は知っているべきである。
誰もが使っているであろう、電子メール。使えば使うほど増えるのが、スパムメール。
このスパムメールを、どうにか弾きたい。このアルゴリズムに使われているのが、ベイズ推定だ。
簡単にいえば、条件付確率。SEXという単語が含まれるメールの中で、スパムである確率とスパムでない確率を割り出す(事前情報)、実際に次のメールにSEXを入っていたらどちらかに判断し、その確率をより精緻化する。こうして学習能力がついたメールフィルター、ベイジアンフィルターが完成する。
これ以外にも、統計文献学というものがある。
「ある作品がある作者のものかを統計学によって決定する」
学問だ。
例えばこんな学問だ。
とある図書館に保管されたひとつの詩。この詩がシェイクスピアによるものでは?との疑いがあるとする。
この詩を、語の使用法、単語の出現頻度を洗い出し、実際のシェイクスピアの詩の使用法や出現頻度と照らし合わせ、その確率を割り出してシェイクスピアによるものだと判断する学問だという。
これは、確率論の現実社会への応用のひとつといえる。
確率的な思考を身につけるということは、いつの世の中でも必要なことだと思う。
何も、2つの選択肢を確率だけで生きていくことは無いだろうが、確率論を知っているかどうかで大きく人生は異なるはずだ。
もし、平均して9時10分に到着するバスがあるとする。もし標準偏差という概念を知らなければ、「一昨日は9時00分に到着し、昨日は9時20分に到着したバス」と「一昨日は9時8分に到着し、昨日は9時12分に到着したバス」の違いは分からないだろう。平均すれば同じ9時10分に到着するバスだからだ。
平均値からのバラつきであろる標準偏差を知っていれば、回避できる問題かもしれない。
人生は、選択の連続であり選択しながら生きていく。その選択の判断に一役買ってくれることは間違いない一冊。
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【書評】数学ガール/ゲーデルの不完全性定理-結城 浩
- 2010-01-16 (土)
- 科学・テクノロジー
著者:結城 浩
出版社:ソフトバンククリエイティブ( 2009-10-27 )
価格:¥ 1,890
単行本 ( 408 ページ )
ISBN-10 : 4797352965
ISBN-13 : 9784797352962
数学ガールシリーズの第三弾!だったらしい。
読み進めているうちに、どうも意味不明な人々が出てくるなと思ったら、どうりで前作があったようで。
『数学ガール』シリーズは、
「数学ガール」
「数学ガール/フェルマーの最終定理」
「数学ガール/ゲーデルの不完全性定理」
の3部作。
数学本、学術書というよりは、ミルカさん+テトラちゃん+「僕」という三人の高校生と、中学生のユーリという登場人物が出てくる「数学・青春・物語」という位置づけ。
触れられるトピックの割には大書である。それだけ懇切丁寧な数学的な説明に加えて、数学とは若干違う青春ストーリーも織り交ぜてあるからだ。
これを学習参考書として考えていると、青春ドラマが邪魔だと感じるだろう。逆に数学をより身近なものにしたいという人には非常に適している。
よくある「マンガで分かる・・・」シリーズや「誰でもわかる・・・」シリーズとは天と地の差である。
ゲーデルの不完全性定理を学ぶにあたって、それに必要な集合と論理を基礎からていねいに学べる。不完全性定理は最終章で展開されるが、それまでの全ての章は、それが理解できるようにするための準備運動で、”数学的帰納法”(ぺアノ算術)・”ε-δ論法”・”対角線論法”など、かなりのボリュームをとって説明している。説明という言葉は不適切で、どちらかというと大人が子供に教えている現場を横から「覗いている」というほうが適切かもしれない。
論理的に飛躍する部分は皆無といってよく、飛躍しそうと思ったらすかさずにテトラちゃんが「分からない」と言って「僕」が上手に答えてくれる。その言葉に何度救われたことか。
ただ、半分以上は何の予備知識なしでも理解できるが、後半はやはり手ごたえ十分。
表紙やタイトルに惑わされずに、あくまでも数学書である点は注意あれ。
これを高校生時代に読めたならどれだけ数学が好きになったことかと思える一冊。
ちなみに、著者はウィキクローンの1つであるYukiWikiの開発者。
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【書評】元素周期 萌えて覚える化学の基本-スタジオハードデラックス
- 2009-09-10 (木)
- 科学・テクノロジー
著者:スタジオハードデラックス
出版社:PHP研究所( 2008-11-01 )
単行本(ソフトカバー) ( 223 ページ )
ISBN-10 : 4569702783
ISBN-13 : 9784569702780
水素からウンウンオクチウムまでの118元素を萌えた美少女に擬人化させた元素辞典だ。
1ページに1元素、左に萌えキャラ、右に元素説明というページ構成で118名の元素キャラが登場する。
これは辞書であり、キャラクターを用いることによって元素に愛着がわき暗記しやすくしている。受験生にとっては暗記する労力が削減できるのでためにはなると思うが、私自身はページをペラペラめくってキャラクターの鑑賞するだけで終わってしまった。
元素の特徴をよく表しているキャラもいれば、特徴がつかみづらいものもありキャラクターと連動させて覚えるのは難しいかもしれない。あくまでも親近感を持ちやすくするのが、キャラクターの立ち位置だろう。
右頁には原子量、融点、沸点、密度、原子価、存在度、主な同位体、原子半径、共有結合半径、発見年、発見者、存在形態、利用例等が載せてあり学習参考書・学術参考書としては秀作でなかろうか。
ただ、いくつか誤植もあるようなのでHPかどこかで訂正箇所は確認すべし。
完全に男性視点でのイラストであるため、女性には手を出しづらいかもしれない。
また、イラストレーターが複数人であるため、なかなか全体としての世界観は表れづらい。個別のキャラクターへの興味はあっても、本書全体の色は出ていないのが残念だ。
とはいえ、暗記物の書籍としては親近感がわきやすいため受験生にはお勧めの一冊。
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【書評】偽善エコロジー―「環境生活」が地球を破壊する-武田 邦彦
偽善エコロジー―「環境生活」が地球を破壊する (幻冬舎新書)
著者:武田 邦彦
出版社:幻冬舎( 2008-05 )
価格:¥ 777
新書 ( 230 ページ )
ISBN-10 : 4344980808
ISBN-13 : 9784344980808
あまりエコ活動に参加しておらず読み始められなかったが、先日家電量販店のフロアーが緑一色エコのオンパレードだったのをみて、読み出した。
エコ商品というのは、当初は地球環境に優しい商品という意味だけで使われていたのが、
今やエコ商品は、緑と白の看板を背負った販促ツールと化している。地球に優しいのはわかるが、まるで金儲けに使われているようなエコ活動を垣間見てページをめくる決心がついた。
著者の武田邦彦氏は、工学者で専門は資源材料工学である。
「科学者」として「環境を科学から見る」というコンセプトのもと書かれたものであるが、刊行されて約1年たったが本書への批判は少なくない。
本書の主張は、
地球に優しい生活いわゆるエコ生活は、じつは消費者にとって無駄であるということ。
地球環境問題の定説に、真っ向から反論した独自の主張を唱える。
例えば、
「レジ袋をやめエコバッグにすると、かえって石油の消費が増える」
「冷房を28℃ に設定しても温暖化は止められない」
「多額の税金と手間をかけて分別したゴミ、そのほとんどが焼却される」
「リサイクル料を業者に払った廃家電は、違法に中古で流れている」
我々消費者にとっては、いつの間にか習慣となっているエコ活動が一体なんだったのかと疑いたくなるような内容である。
さて、そういえばいつから冷房温度を28度にしようと思い始めそれが習慣化されたのか?どうやらエコは地球にいいらしい、そしてその手段として冷房温度を上げ、ごみは分別し、エコバッグを持つべきだということを新聞・テレビがやたらと垂れ流し続けたおかげで、「エコ活動は消費者の義務だ」という構図が刷り込まれ、半ば盲目的に、鵜呑みにしていた。
本書の最大の功績は、「そんなエコ活動を盲目的に信じていた消費者を一度立ち止まらせた」ということだ。
科学的根拠に乏しいという批判もある、数字的根拠が欠けているという批判もある、しかしそれは本書にとって小さな欠陥でしかない。
本書は、日本全国津々浦々で叫ばれる盲目的なエコ普及活動に一石を投じた。
国家主導でエコ活動が推進される中で、定説に異論を唱えるのは非常に勇気あることだと思う。
本書をそのまま鵜呑みにしては、エコ活動を妄信したのと同じことであり意味が無くなる。地球環境を保全する目的には賛同し、その手段としてどのような活動が有効かどうかは自ら考えるべきである。
地球環境問題、今の世に生まれたからには避けては通れない。一度立ち止まって考えなくてはならないと思える一冊。
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【書評】ゲーデル,エッシャー,バッハ―あるいは不思議の環-ダグラス・R・ホフスタッター
- 2009-08-27 (木)
- コンピュータ・インターネット | 人文・思想 | 科学・テクノロジー
著者:はやし はじめ 柳瀬 尚紀
出版社:白揚社( 1985-05 )
単行本 ( 765 ページ )
ISBN-10 : 4826900252
ISBN-13 : 9784826900256
ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環 20周年記念版
著者:ダグラス・R. ホフスタッター
出版社:白揚社( 2005-10 )
価格:¥ 6,090
単行本 ( 763 ページ )
ISBN-10 : 4826901259
ISBN-13 : 9784826901253
どうやら20周年記念版も刊行されているようです。
原書は今から30年前に刊行され、日本ではその5年後に出版された一般向けの科学書。いまでは電話機の敷き物になっているGEBであるが、30年経った今でも読み返すこおとも多い、価値ある一冊である。
数学者、論理学者のゲーテル、だまし絵で有名な画家エッシャー、音楽家のバッハに共通する「自己言及」というテーマのもとに不思議の環という無限ループを炙り出す。
何よりもタイトルにあるとおりゲーテル、エッシャー、バッハを理解しておく必要があるためここにまとめておく。
「数学は自己の無矛盾性を証明できない」
ことを示した。数学自身による証明について記述可能ならば、自身を証明する事も、否定を証明する事もできない命題が存在してしまうということだ。つまり、自己言及するとそこに矛盾が生まれてしまうということ。それが本書でのメインテーマである「自己言及」につながる。
エッシャーの絵画は、錯覚デザインではない「だまし絵」だ。錯覚を起こさせるというメカニズムは同じだが、錯覚デザインによる錯覚は、色や形を認識する瞬間に起こる。だまし絵は、「見る」という状態が脳内で完成する直前に全体の矛盾を認識することをいう。心理学では前者を「低次知覚」といい、後者を「高次知覚」という。
上の写真は、エッシャーのひとつの作品だが、ここで表現されているのは「無限」「自己言及」である。滝が落ちて水車が回る。水車の右にある水路から見ると、水が奥に流れるにつれて水路の位置も低くなっている。ところが水路の支柱に視点を変えると、一番低いと思ったところから滝が落ち、水路の終着点が実は一番高いところになっている。
これは滝をモデルにしたものであるが、このような無限の連鎖、無限の自己言及というのはエッシャーの絵画では頻繁に見出せる。
ドイツ三大Bのひとり、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ。ドイツ語でBACHとは、小川の意味なので、小川さんとでも呼ぼうかな。
本書ではカノンやフーガの技法に見られる旋律の無限上昇から自己言及、無限の連鎖を取り上げている。
音楽理論はあまりよく知らないが、バッハの例でいうと、潜在的な無限が存在するカノン、「諸調によるカノン」を作曲する。宮廷に招かれたバッハは、王に与えられた主題を使ってカノンを作る。一見主題からどんどん遠のいていくように聞こえるカノンは、転調を繰り返して高まってゆき、1オクターブ高くなって元の調に自然に戻ってくる。
バッハはこの音楽の無限性を意識し、余白に「転調が高まるとともに、王の栄光も高まりゆかんことを」と記しているそうです。
これが大バッハの本書の自己言及、無限の連鎖に通ずる部分です。
さて本書は、主題(ゲーテル・エッシャー・・・・)と副題(不思議の環)を逆にしてもいいのでは?と思わせる。あくまでもメインテーマは自己言及と無限の連鎖である。それをゲーテルの不完全性定理、エッシャーのだまし絵、バッハの無限カノンから炙り出す。
ちなみに不思議の環というのは、端的には階層の螺旋を上昇・下降すると意外にも元の場所に戻ってしまうという概念であるが、詳しくは本書を通じて理解してもらいたい。
直感的に「不思議の環」の概念が分かるのは、エッシャーのだまし絵だろう。
「さぁ出発、ぐるぐる回って、同じ場所に戻った」これが絵画から読み取れる。
ただ直感的に分かるのはこの程度で、後半になればなるほど、数学的記述が多くなって恐らく脱落率は後半は急上昇しそうな本だ。
ただ、いま流行りの脳本なんかを読むよりは、本書を読んだほうが脳トレにはなる。
数学・美術・音楽あまりにも遠い3つが、ひとつになる瞬間は甘美である。
斜め読みでも通読するべきだ、全体理解にはかなりの根気がいるが一部理解でもいいから読みたくなる一冊。
読者は最後にきっと思う、「で、何を書いたの?」と。
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