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【書評】ネトゲ廃人-芦崎治

書評

ネトゲ廃人

著者:芦崎治

出版社:リーダーズノート( 2009-05-01 )

価格:¥ 1,365

単行本(ソフトカバー) ( 224 ページ )

ISBN-10 : 4903722163

ISBN-13 : 9784903722160




インターネット・オンラインゲームの世界に深く入り込み自らを「廃人」と称してしまうネットゲーマー19人のインタビュー形式のノンフィクション作品。

著者はノンフィクションライターで、『AERA』『プレジデント』『日経ベンチャー』『アントレ』『ジュディシャルワールド』などに執筆している。

「私が眠るとみんな死んじゃう」


この言葉に表れているのがネトゲ廃人に共通した思いだ。

ネットゲームの世界でも、弱肉強食の論理は通じているがリアルの世界の強者がネットの世界で当てはまるわけではない。ネトゲにどれだけアクセスし続け、ネトゲで経験値を増やすことでネトゲ世界での存在感・強度が増す。つまり、ネトゲ廃人を頂点としたピラミッドでは、頂点に君臨するには廃人化するほどにまでネトゲに没頭するしかない。全てをネトゲに捧げて初めてピラミッドの頂点に立てる。つまり、その他全てを捨てよと。

そうして、全てを捨ててネトゲの神となった者たちが、ネトゲ廃人と呼ばれる。
ネトゲ廃人に共通しているのは衣食住は最低限、ただしネット環境とPC環境は完全整備。

本書は、このネトゲ廃人19人の実態をインタビュー形式で分析する。
ネットゲームに遠い人にとっては、ひとつの病理事例報告に映るだろう。

ネットゲームというものに深く入り込んでしまった人、そして家族の助けで抜け出せた人、過去の自分と対比して廃人から脱却できた人、それぞれのネトゲ人生を赤裸々に告白している。

なぜオンラインゲームにだけ廃人が存在するのだろうか、テレビゲームとの決定的な違いがひとつある。

ネットゲームは基本的に終わりが存在しないということ。テレビゲームのようなオフラインゲームと違い最後のボスを倒すといった明確な目標がない。

ボスは存在しても、次から次へとボスは出てくる。年に何度か新たな要素(レアアイテムやボス追加など)が追加されるため、クリアして終了ということがない。

これがネトゲに一度入ると抜け出せない理由だ。

ネトゲ廃人は一種の引きこもりと同じであり、社会問題に発展する可能性もある。ネット大国の韓国では国家主導でカウンセリング対策が行われているほどだ。


本書は、ネトゲ廃人というものがどういう生活をし、どういう思考になっているか事例として報告されているだけだ。

より社会的な観点からは、ネトゲ廃人を生み出している開発メーカー側の主張や意見を聞いてみたい。この仕組みは、開発元のメーカーだけが儲かるオイシイモデルなのだが、それがネトゲ廃人という社会不適合者を生み出してしまっている。不登校や無断欠勤など社会的に悪影響を与えてしまっているネトゲ廃人をメーカー側はどう考えているのか。

とはいえ、身近な人に存在してもおかしくないネトゲ廃人の実態を知るにはこれしかない一冊。

ネトゲ廃人にならないには、ネトゲをやらないことだ。だめ!ぜったい!ネトゲ!

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【書評】イタリア・マフィア-シルヴィオ ピエルサンティ (著), Silvio Piersanti (原著), 朝田 今日子 (翻訳)

書評

イタリア・マフィア (ちくま新書)

著者:シルヴィオ ピエルサンティ

出版社:筑摩書房( 2007-03 )

価格:¥ 798

新書 ( 237 ページ )

ISBN-10 : 4480063528

ISBN-13 : 9784480063526




マフィアのワルさカッコよさというイメージを一掃させた、イタリア・マフィアの実態を描いた本書。

マフィアといわれて日本人が背筋を凍らせるようなイメージを持っているのだろうか?中国マフィア、アメリカマフィア、ロシアンマフィアなど組織犯罪として固有名詞化しているが、それが自身に関わる恐怖の対象として戦慄きが止まらない人はいない。

一方で、マフィアといえばゴッドファーザーを思い出す日本人は多い。血族、家族、仲間、名誉を守り強固な絆の中で繰り広げられる裏切り、復讐、ファミリーの世代交代を描いたマフィアの映画である。これを観て、マフィアに羨望の眼差しを向けている人も多い。

しかし、本書はそんな生半可なイメージを完全に徹底的に破壊する。マフィアは麻薬、殺人、密輸、密造、恐喝を生業とする犯罪集団であり、歯向かう者には一切容赦しない。マフィアを訴えた人間は必ず殺し、担当した検察官、有罪判決を下した裁判官は報復の対象となる。そして、一度ターゲットとなれば必ず実行される。またそれが、一般市民に見える形で行われるのがマフィアたる所以なのだろう。
イタリア観光名所の要である、ウフィッツィ美術館ですら報復を実行する場所として選ばれる。

まず理解しておかなければならないのは、マフィアは一般市民とは切手も切れない関係であるということ。イタリアの南、シチリア島はイタリア・マフィアの起源と言われているが、海産物や農産物が豊富なシチリアは近隣諸国にとって大きな魅力であり、様々な国に支配され続けた場所であった。

支配国が次々と変わる中で、法律・政府・権威に対してシチリア市民は不信感を募らせる。圧政から逃れようと、彼らは独自の文化を生み出してきた。そこにマフィアが生まれる土壌があったのだ。マフィアは支配国が変わる度に変わる法律の外で独自に紛争を解決しようとし、民営の組織を作った。その組織がマフィアへとつながっていく。

その組織は端的には「民間の警察機関」である。
民事不介入とは違い、民事に積極的に介入する私的な警察組織がマフィアと言えるだろう。
争いごとにはマフィアあり、の社会が成り立つようになり職業としての犯罪集団が生まれるようになった。

争いがなければ民間の警察は運営できないわけだから、当然ながら積極的に争いごとを仕掛けるようになる。それがさらに犯罪を生み出し、負の連鎖が始まる。
壊され続けてきた名誉や安全を守るという大義名分のあるマフィアの暴走は誰にも止めることができない。それは島の人間たちが生み出した組織なのだから。


マフィアの起源の話に逸れたが、現代に戻ろう。
妻や家族には一切手を出さない男の社会とイメージしてきたが、実態はそうではないらしい。むしろ、仲間を裏切れば身内同士で殺し合わせることもあるという。

本書を通じて、そのような「殺人」がどれだけ簡単に行われているかという部分と、なぜマフィアの報復の対象となったのかが克明に描かれている。

マフィアの全貌をつかむことは誰にもできまい。組織が「秘密」とともに拡大してきた手前、どんなマフィアが改心して内部告発したとしても、全容とはいくまい。

本書も同じであり、全容とはいかないがリアルな事実がどっさり詰まっている。ゴッドファーザーでしかマフィアを知らない私にとっては驚愕の事実だらけであった。
マフィアがどれほどまでイタリア社会の中枢にまで入り込んでいるか、マフィア無しには生きられない人間がいかに多いか。

ただ、世論が少しずつ反マフィア、マフィア撲滅に動きつつあり、マフィア構成員に対しての有罪判決が下されるようになってきているというので、いつかはマフィア根絶の日がくるのかもしれない。シチリア市民を守るために出来た組織が、イタリア市民によって壊滅されるのかもしれない。

世界有数の観光地であり、歴史的遺産の多いイタリアの一面を垣間見れる一冊。


あ、日本語訳は誤訳だらけです。お世辞にも上手いといえない翻訳ですので要注意。

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【書評】自殺のコスト-雨宮 処凛

書評

自殺のコスト

著者:雨宮 処凛

出版社:太田出版( 2002-01 )

価格:¥ 1,260

単行本 ( 237 ページ )

ISBN-10 : 4872336445

ISBN-13 : 9784872336443



「後悔だらけの人生で、死んでまで後悔したくない人のための「自殺の費用対効果」バイブル」




とあるが、どちらかというと自殺願望者本人よりも自殺願望がありそうな家族がいる人向けだ。「その後」を考えたくないから、自殺するのであってこの本を読んで自殺を躊躇うことはないだろう。とはいえ、決して本書は自殺を助長・扇動するようなものではない。

本書は、自殺をするという行為(未遂を含め)によって発生するコストを徹底的に洗い出している。
基本経費として、社会保障や年金・生命保険、死後の借金の清算などについて。後半では自殺の手段別(首吊り、薬物)に薬の購入にかかるコストや、事後の補償などについて「この手段で、こう死んだら、誰がいくら払う必要があるよ」と教えてくれる。

本書を読む前には、ただ漠然と新幹線には飛び込んだら賠償責任がありそうだ。病死だろうと自殺だろうと葬儀費用は変わらないだろう。生命保険は自殺者には適用されないんじゃないのだろうか。などと考えていた。

しかし、JRと私鉄では賠償額に大きな開きがあることがわかる。また、自殺者ということで葬儀費用が高額になる場合もあるという。また、生命保険に入った日から2年後の自殺であれば適用されるという。つまり、2年前から保険金目当てで加入する自殺意思の強い者はいないだろうという保険会社の見解だ。

ケーススタディも豊富だ。
賃貸マンションに住んでいた青年、その父が部屋で自殺した。その後半年間、青年は血まみれの部屋に住まわされた。
また、事故死を装って保険金を騙し取ろうとした老夫婦の無駄死になど、これが現実?と思わせるような現実を突きつけられる。

自らの価値がないから、自殺するという人は一度立ち止まって考えてほしい。
どのような死に方だろうと自殺によって遺族は、相当額の出費は免れないということを。


自殺しようとするものはもちろんであるが、一家に一人でいいから本書を読んで家族の自殺を止める原動力になればいいなと思う一冊。

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【書評】そうだったのか!アメリカ-池上 彰

書評

そうだったのか! アメリカ (そうだったのか! シリーズ)

著者:池上 彰

出版社:ホーム社( 2005-10-20 )

価格:¥ 1,785

単行本 ( 248 ページ )

ISBN-10 : 4834251209

ISBN-13 : 9784834251203





池上彰氏の「そうだったのか!」シリーズのアメリカ編である。
そうだったのか!シリーズには他に現代史・日本現代史・中国などがラインナップされている。元々は単行本であったものを、文庫化したものが本書だ。

池上氏は、NHKの記者からキャスター、ジャーナリストという経歴である。時事ニュースに対してはひとつのポリシーがあり、「難しく思われがちな社会の出来事を、なるべくわかりやすく噛み砕く」というのがそれであり、本書でもそれは貫かれている。

読者対象は、恐らく高校生から読める程度のボキャブラリーであるが、社会人にとっても有益な本であることは間違いない。
毎日、報道されるアメリカのニュースは知っていても「アメリカ」自体を知っている・理解している人は少ないのではないだろうか?
そんな人にとって、アメリカを「宗教国家」「連合国家」「帝国主義国家」「銃を持つ自由の国」「移民の国」「メディア大国」の視点で分かりやすく解説してくれている。

本書だけで、アメリカの専門家になることは出来ないが最初の一歩には最適だろう。

例えば、シュワちゃんこと、カリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルツネッガー氏は大統領には決してなれない。州知事になれる彼が、なぜ大統領にはなれないのか、立候補すらできない。それはアメリカ大統領になるには「アメリカで生まれた」という条件があるからだ。

こんな小さな情報でも、知っているのと知らないのとではニュースの読み方に決定的な差がでるだろう。

また、本書が優れている点はアメリカに対しての感情が表面化されていない点だ。あくまでもアメリカという国を解剖するのが本書の役割であって、客観性が貫かれている。

この手の本は、アメリカに追随するのはイイだのワルイといった主張が根底にあることが多い。しかし、元NHK記者というだけあって、またこども向けのニュース番組をやっていただけあって、主張を強制しない。あくまで中立・客観的である。だから素直に読める。

夏休みが終わる前に、中高生にも読んでもらいたい一冊。

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【書評】論争 若者論-文春新書編集部

書評

論争 若者論 (文春新書)

著者:文春新書編集部

出版社:文藝春秋( 2008-10 )

価格:¥ 777

新書 ( 233 ページ )

ISBN-10 : 4166606654

ISBN-13 : 9784166606658





大人たちは若者をどのように見ているのか、の全体像を把握するにもってこい。

平成不況から脱せぬまま、小泉構造改革以降の格差社会が出現した。働いても働いても「普通の」生活ができないワーキング・プア層が社会に現れ、彼らが若者論の論争の的となった。

「若者論」といわれるとき、若者とは中学生・高校生を対象とすることは少ない。そこにいる若者とは、社会に出たにもかかわらずそれ相当の給与を貰えずワーキングプアと呼ばれるような貧困層であったり、ニート・フリーターといった定職につかない20代の層である。



本書はその彼らにまつわる文藝春秋や論座での論文・討論の中から13本を収録したものである。
年功序列の制度が崩壊し、働き方が自由になりその自由の選択の中での「いまの若者」であるといった一方的な視点ではなく、それは社会が作った貧困層であるという逆の視点もあり、今の若者を知るには非常に有益な本である。

三部構成になった本書には常に2極化されたテーマ論文・討論がピックアップされている。

  • 希望か甘えか
  • 貧困か自由か
  • 絶望か殺人か

  • いくつかの論文をピックアップしてみる。

    第一部
    「「丸山眞男」をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争」赤城智弘


    はフリーター視点での若者論である。あまりにも鮮烈なタイトルで、論争になった。

    月給は10万円強。北関東の実家で暮らしているので生活はなんとかなる。だが、本当は実家などで暮らしたくない。両親とはソリが合わないし、車がないとまともに生活できないような土地柄も嫌いだ。ここにいると、まるで軟禁されているような気分になってくる。できるなら東京の安いアパートでも借りて一人暮らしをしたい。しかし、今の経済状況ではかなわない・30代の男が、自分の生活する場所すら自分で決められない。しかも、この情けない情況すらいつまで続くか分からない。年老いた父親が働けなくなれば、生活の保障はないのだ。



    赤城氏にとっては、自分で生きることができないため親に頼る、そしてその親が働けなくなれば死が近づくという。
    フリーターというエリート層とは対岸にいるものがエリートを超えるには・・
    「戦争で兵役にいけば,フリーターの俺でも東大のエリートをひっぱたくチャンスがある」

    ということだ。平和というものは変化の無さである、穏やかで変わりがないもの。では「勝ち組と負け組」の変わりのない構造をどう打破するのか?それにはひとつ戦争という方法だと。

    未来も希望も失ったものが最後に打破する方法として選んだものが、「希望は、戦争」につながる。

    これはひとつのメッセージとして重く受け止めるべきだろう。


    第二部 新庄、中田はなぜ引退したか 城繁幸

    本論では、昭和的価値観と平成的価値観というふたつの軸をもって新しい価値観に基づいた職業感を提案する。

    昭和的価値観は、端的には年功序列のレールを歩むということ。
    一方の平成的価値観とは、キャリア意識が強く自己実現すべき目標が明確にもっており就職はただの実現のためのツールと考えていること。

    これをタイトルの野球の新庄、サッカーの中田の引退にあてはめると、どちらの価値観に則って生きているのかがわかる。



    これ以外には、秋葉原事件のトピックスなども目立つ。最後にはブックガイドもついており若者論の全体像を把握するには最初の一冊として最適だ。


    若者が読むには、自分たち世代が大人たちからどのように見ているのかを知るために、
    そして大人にとっては、これからの社会を担う20代の若者の目前にあるものは何か、を知るための1冊。



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