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新書・文庫 Archive
【書評】ヴェニスの商人の資本論-岩井克人
著者:岩井 克人
出版社:筑摩書房( 1992-06-26 )
価格:¥ 998
文庫 ( 317 ページ )
ISBN-10 : 448008004X
ISBN-13 : 9784480080042
1992年に刊行された岩井克人氏による経済学オムニバス論文集。経済思想に興味のある方であれば、絶対に抑えておくべき書物である。
まずは、目次を。
本書の構成は、「資本主義」「貨幣と媒介」「不均衡動学」「書物」の4部構成、全300ページ程度の書物であり、1つの議論・論文は数ページで完結している。
約20年前の刊行であるが、その議論は全く色褪せることなく現代社会に当てはまる。
それは普遍的な議題(貨幣の存在意義や広告の存在意義、ヴェニスの商人と資本主義システムの根底など)を取り上げていることもあり、かつ岩井氏の先見性にも目を見張る。
岩井氏は本書をもって評論家としての活動をスタートさせている。本職は経済学者であり新古典派経済学の研究とその批判的活動の不均衡動学を論じ、最近では法人論についての書物をよく目にする。
(ちなみに、岩井氏は2009年度をもって東京大学を退官するそうである。)
さて、本書は特定のテーマに則することなく社会科学全般に論説を加えている。
その中でも、「広告の形而上学」は特に興味深い。本論文は大学入試試験に頻繁に取り上げられており、現代文の科目で登場している。
つまりテーマ性に加えて文章の論理性に隙がないということであろう。
さて形而上学とは、形而下学とは対にある学問であり誤解を恐れずに言えば「目に見えないものを問う、存在自体を問う学問」といえる。
我々現代社会に生きる者は毎日相当な数の広告を目にする。これは経験的にも誰にでも分かることである。しかしここで取り上げられている広告はその意味での広告、目に見えるという広告ではない。
本来商品について語る媒介としての広告が、同時にそれ自身商品となって他の商品とともに売り買いされてしまう
広告というもの自体はただの媒介なのであって、本来はその商品の価値を語るだけであって、広告には価値があるものではない。もし消費者にモノの価値が何も媒介せずに伝われば存在する必要もない。
この広告の存在自体を問うことが、形而上学の土台で広告を語ることであり、本論文のメインテーマである。
本来、価値のない広告に価値が生まれる瞬間とはどんなときだろうか。
それは差異が生まれるときである。Aという広告とBという広告、広告自体に違い=差異があるとする、その瞬間、価値が生まれる。
つまり、広告においても差異が価値を生むという岩井氏の論理が当てはまるのである。
広告と広告とのあいだの差異――それは、広告が本来媒介すべき商品と商品とのあいだの差異に還元しえない、いわば「過剰な」差異である。それゆえそれは、たとえばセンスの良し悪しとか迫力の有る無しとかいうような、違うから違うとしか言いようのない差異、すなわち客観的対応物を欠いた差異そのものとしての差異としてあらわれる。
だが、広告が広告であることから生まれるこの過剰であるがゆえに純粋な差異こそ、まさに企業の広告活動の拠って立つ基盤なのである。
1992年時点では企業が投下する広告費はGDP比率1パーセントであったのが、2008年では5%を超える勢いである。客観的な対応物を欠いた、広告の一人歩き時代である。
広告の存在が始まり、広告に価値を見出し、広告合戦に陥るプロセスを本論文を通じて咀嚼するとこうなる。
資本主義では、商品やサービスを享受するには「貨幣」と交換する必要がある。
The proof of the pudding is in the eating.
プリンがプリンであることの証明は食べてみることである。
この論より証拠を実現するためには、資本主義では貨幣と商品を交換しなければならない。
購買しなければ、プリンがおいしいプリンということが分からないのが資本主義。
あっちのプリンよりこっちのプリンのほうがおいしい、だからまずはこっちのプリンを買ってもらいたい。買わずにも、おいしいプリンだと分かってもらいたい。これが広告の始まりである。
広告が存在し始めてしまったら、「おしいそうなプリン」と見える広告を作ることに企業は没頭してしまう。
プリンは食べてみないと味は分からない、味が分からないのであれば、あっちのプリンでもこっちのプリンでも一緒だ。であれば、「こっちのほうがおいしそうに見えるプリン」と消費者が思えば買ってくれる。広告に差異があれば買ってくれる。食べる前に、差異のある広告活動を通じて「おいしいプリン」と思わせるのである。
広告の存在から広告自体の差異が始まるには時間はかからなかっただろう。
毎日目にする広告にうんざりしたら是非読んでもらいたい一冊。
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【書評】1秒の世界 GLOBAL CHANGE in ONE SECOND-山本 良一
- 2009-09-08 (火)
- 新書・文庫
1秒の世界 GLOBAL CHANGE in ONE SECOND
著者:山本 良一 Think the Earth Project
出版社:ダイヤモンド社( 2003-06-13 )
価格:¥ 1,000
単行本 ( 141 ページ )
ISBN-10 : 4478870993
ISBN-13 : 9784478870990
1秒の世界2―GLOBAL CHANGE in ONE SECOND Part2
著者:山本 良一 Think the Earth Project
出版社:ダイヤモンド社( 2008-12-12 )
価格:¥ 1,000
単行本 ( 143 ページ )
ISBN-10 : 4478007721
ISBN-13 : 9784478007723
「1秒」、日常での時間の最小単位で切り取ることで見えてくる世界。
第一弾は2003年、第二弾は2008年に刊行され、多くの人がこの1秒の世界に初めて触れた。
『世界がもし100人の村だったら』は世界を「100人」という小中学校1学年のような規模に縮図して世界を近距離で感じられるような仕組みだが、本書も同じく1秒という「あっ」という間に短縮することで、把握しづらい物事を急接近させてくれる。
世界中で年間数百万人が餓死していると言われるよりは、毎秒1.3人が餓死していると言われるほうがぐっと身近で近距離に感じる。
1秒間というと、この瞬間で1人が世界から消えたと思えるが、1年間となると「その期間」を感じるのに365日後まで待たなければならないからだ。
さて、具体的に1秒間に起きていることは、
ハワイが2.9ナノメートル、日本に近づいています。 世界最大のハンバーガーチェーンに532人が来店しています 0.002種、7分に1種の生物が絶滅しています。 3人が新たにインターネットユーザーになっている
著者は、出典さえ明記すれば転載を許可しているが書評である手前、あえて抜粋にした。
また、本書の読み方についても著者から丁寧に与えられている。
―― 私はこの本を、現代の「無門関」として読んでもらいたいと願っている。
この本の中で取り上げた60の「1秒の変化」の事例を、それぞれ公案として捉え、奇跡的な宇宙と生命と自らの存在を認識し、地球 の環境変化の現状を把握し、持続可能な社会の実現のために献身的に努力することへの契機にして欲しいのである。――
著者の願いどおりに読むべき本である。1秒という身近さを援用し、地球の環境変化の現状を把握することは、分厚い資料を読むより遥かに有益である。
20分もあれば読了できてしまうので、ただの雑学として頭の片隅の置いてはいけない。
普通に生活していて、1秒間に起こる変化などほとんどない。1秒後に変わっていることなど、何もない。しかし、日本全体、世界全体で考えると1秒間でも変化は起こっている。
目の前で起きることだけが把握すべきことではない、ということを教えてくれる一冊。
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【書評】ゲーム理論入門 (日経文庫―経済学入門シリーズ)-武藤 滋夫
- 2009-08-28 (金)
- ビジネス・経済・キャリア | 新書・文庫
著者:武藤 滋夫
出版社:日本経済新聞社( 2001-01 )
価格:¥ 903
新書 ( 242 ページ )
ISBN-10 : 4532108292
ISBN-13 : 9784532108298
現在東工大の教授である著者のコンパクトなゲーム理論入門書。
2001年に刊行された本でありやや古びた感は否めないが、入門書で盛り込まなければならない内容は全て網羅されている。
ゲーム理論では、他の人々がどのような行動をとるかを常に考慮に入れながら、自分がどのような意思決定をするべきかを明らかにする理論である。人と人との関係から、企業、国家の関係までゲーム理論の応用範囲は広い。社会科学全般や生物学、国際関係学など横断的な研究が盛んな分野である。
その中で、最も研究熱心なのが経済学分野であり、今の経済学はゲーム理論なしには語れないだろう。
とはいえ、ゲーム理論の全網羅的な日本語教科書はまだ少ない。洋書や翻訳書はいくつかあるが、入門書として四則計算だけで理解できる教科書はこれくらいだろう。
何も経済学徒だけではなく、社会科学に興味のある読者は積極的に読んだほうがいい。
目次は、
ゲーム理論を学ぼう
非協力ゲーム(行動決定が同時に行われる場合;行動決定が時間をおいて行われる場合)
情報不完備なゲーム
2人協力ゲーム:交渉ゲーム
多人数協力ゲーム:特性関数形ゲーム
進化と学習のゲーム理論
全くの初心者や経済学徒でない場合は、最初のゲーム理論を学ぼう、非協力ゲームと情報不完備ゲームあたりまでカバーしていればゲーム理論の全体像はつかめる。
この本を踏み台に、次の専門書へステップアップするとよいだろう。
著者が大学で教鞭をとっているゲーム理論の講義資料は、オープンコースウェア(OCW)で無料で閲覧できる。是非、本書とともに目を通しておいたほうがよい。
ゲーム理論の最初の一歩、横書きで読みたいと思うはずの一冊。
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【書評】日本の難点-宮台 真司
著者:宮台 真司
出版社:幻冬舎( 2009-04 )
価格:¥ 840
新書 ( 286 ページ )
ISBN-10 : 4344981219
ISBN-13 : 9784344981218
ブルセラ論争から改憲論まで幅広い展開をみせる宮台真司の新書である。なぜ新書で?と思わせるほどの重厚な内容だ。軽く手にとってスラスラと読み進めることは不可能であり、横文字・造語・難解なジャーゴンが目白押し。しかし、著者は言う。
「本書はこれ以上ありえないというほど、かみくだれて書かれています。本書に難解なところがあるとすれば、それは記述の難解さではなく、事柄の難解さによるものです。通読すれば眩暈をするでしょうが、それは圧倒的情報量による眩暈ではなく、<社会>の複雑さによる眩暈でしょう」
そうかねぇ。わざわざ難解な言葉を選んでいるようにしか見えない。むしろ、社会の難解さという事を前面に出しながらも、本書レベルが咀嚼できない程度なら、社会を評価する資格は無いと突きつけられているような気持ちになる。
本書を読んで思った。10万部を越すベストセラーとなった本書だが、誰が理解し誰が共感し、誰がその社会を実現しようとしているのかと。この部数が指し示しているのはいわゆる一般大衆の手元に届いているということだが、本棚にしまってあるパーセンテージは高いのではないか。
全体的にみてトピックス自体は、いまこの時代にぴったりの構成だ。
1章・人間関係はどうなるのか(コミュニケーション論・メディア論)
2章・教育をどうするのか(若者論・教育論)
3章・幸福とはどういうことなのか(幸福論)
4章・アメリカはどうなっているのか(米国論)
5章・日本をどうするのか(日本論)
この中で彼の持論の「軽武装・対米依存」から「重武装・対米中立」を宣言する部分では、「重武装とは、対地攻撃能力を中核とした反撃能力による攻撃抑止能力を備えること」で、それに続けて「それには専守防衛の憲法9条を変える必要がある」と説く。また、昨今問題になっている企業による新卒内定者の取り消し問題については、問題は学生側にあると説く。端的には予見性なし。甘いと。
このあたりは何ら前提知識なしにでも読み進められる。抽象度が低い部分といえる。しかしその後、一気に抽象度を上げて日本全体・社会全体を包含した日本の難点に処方箋を下す。単著でこの40を超える論点に処方箋を下すというのはさすが宮台である。
あまりにも極端で、あまりにも過激に見えるかもしれないがそれを高々と宣言できる、それがあまりにもスカっとしている。モヤモヤがない。宮台ファンが若者に多いのも、このスカっとさが根底にあるのかもしれない。
日本の総括を一人の人間にさせてしまうというのは、今の論壇の衰退とも感じ取れる。
宮台を知らない人に是非読んでもらいたい一冊。
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【書評】イタリア・マフィア-シルヴィオ ピエルサンティ (著), Silvio Piersanti (原著), 朝田 今日子 (翻訳)
著者:シルヴィオ ピエルサンティ
出版社:筑摩書房( 2007-03 )
価格:¥ 798
新書 ( 237 ページ )
ISBN-10 : 4480063528
ISBN-13 : 9784480063526
マフィアのワルさカッコよさというイメージを一掃させた、イタリア・マフィアの実態を描いた本書。
マフィアといわれて日本人が背筋を凍らせるようなイメージを持っているのだろうか?中国マフィア、アメリカマフィア、ロシアンマフィアなど組織犯罪として固有名詞化しているが、それが自身に関わる恐怖の対象として戦慄きが止まらない人はいない。
一方で、マフィアといえばゴッドファーザーを思い出す日本人は多い。血族、家族、仲間、名誉を守り強固な絆の中で繰り広げられる裏切り、復讐、ファミリーの世代交代を描いたマフィアの映画である。これを観て、マフィアに羨望の眼差しを向けている人も多い。
しかし、本書はそんな生半可なイメージを完全に徹底的に破壊する。マフィアは麻薬、殺人、密輸、密造、恐喝を生業とする犯罪集団であり、歯向かう者には一切容赦しない。マフィアを訴えた人間は必ず殺し、担当した検察官、有罪判決を下した裁判官は報復の対象となる。そして、一度ターゲットとなれば必ず実行される。またそれが、一般市民に見える形で行われるのがマフィアたる所以なのだろう。
イタリア観光名所の要である、ウフィッツィ美術館ですら報復を実行する場所として選ばれる。
まず理解しておかなければならないのは、マフィアは一般市民とは切手も切れない関係であるということ。イタリアの南、シチリア島はイタリア・マフィアの起源と言われているが、海産物や農産物が豊富なシチリアは近隣諸国にとって大きな魅力であり、様々な国に支配され続けた場所であった。
支配国が次々と変わる中で、法律・政府・権威に対してシチリア市民は不信感を募らせる。圧政から逃れようと、彼らは独自の文化を生み出してきた。そこにマフィアが生まれる土壌があったのだ。マフィアは支配国が変わる度に変わる法律の外で独自に紛争を解決しようとし、民営の組織を作った。その組織がマフィアへとつながっていく。
その組織は端的には「民間の警察機関」である。
民事不介入とは違い、民事に積極的に介入する私的な警察組織がマフィアと言えるだろう。
争いごとにはマフィアあり、の社会が成り立つようになり職業としての犯罪集団が生まれるようになった。
争いがなければ民間の警察は運営できないわけだから、当然ながら積極的に争いごとを仕掛けるようになる。それがさらに犯罪を生み出し、負の連鎖が始まる。
壊され続けてきた名誉や安全を守るという大義名分のあるマフィアの暴走は誰にも止めることができない。それは島の人間たちが生み出した組織なのだから。
マフィアの起源の話に逸れたが、現代に戻ろう。
妻や家族には一切手を出さない男の社会とイメージしてきたが、実態はそうではないらしい。むしろ、仲間を裏切れば身内同士で殺し合わせることもあるという。
本書を通じて、そのような「殺人」がどれだけ簡単に行われているかという部分と、なぜマフィアの報復の対象となったのかが克明に描かれている。
マフィアの全貌をつかむことは誰にもできまい。組織が「秘密」とともに拡大してきた手前、どんなマフィアが改心して内部告発したとしても、全容とはいくまい。
本書も同じであり、全容とはいかないがリアルな事実がどっさり詰まっている。ゴッドファーザーでしかマフィアを知らない私にとっては驚愕の事実だらけであった。
マフィアがどれほどまでイタリア社会の中枢にまで入り込んでいるか、マフィア無しには生きられない人間がいかに多いか。
ただ、世論が少しずつ反マフィア、マフィア撲滅に動きつつあり、マフィア構成員に対しての有罪判決が下されるようになってきているというので、いつかはマフィア根絶の日がくるのかもしれない。シチリア市民を守るために出来た組織が、イタリア市民によって壊滅されるのかもしれない。
世界有数の観光地であり、歴史的遺産の多いイタリアの一面を垣間見れる一冊。
あ、日本語訳は誤訳だらけです。お世辞にも上手いといえない翻訳ですので要注意。
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