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【書評】ニッポンの思想-佐々木敦

書評

ニッポンの思想 (講談社現代新書)

著者:佐々木敦

出版社:講談社( 2009-07-17 )

価格:¥ 840

新書 ( 352 ページ )

ISBN-10 : 4062880091

ISBN-13 : 9784062880091





本書は1980年代から現在に至るまでの日本の思想の変遷を辿ったものであり、狙いは「ニューアカ以降の現代思想の歴史教科書」である。


まず80年代を浅田彰、中沢新一、蓮實重彦、柄谷行人の4人を中心に、90年代には福田和也、大塚英志、宮台真司、そして00年代では東浩紀を取り上げて展開する。

浅田彰が当時の最先端の哲学を扱った『構造と力』で論壇デビューし、哲学本であるにも関わらず15万部を超えるベストセラーとなり、中沢新一が『チベットのモーツァルト』でデビューしたところから本書は始まる。

この2人によって「ニューアカデミズム」という名の現代思想ブームが始まるわけである。本書はどの年代についても区切りよく言及しているが、
全体として80年代~90年代に紙面の大半を割き、浅田・中沢の2人に共通のターム「差異化」で共通項を探り、その一方で決定的な思想の違いにも触れており、ニューアカの象徴である2人の全体像を掴むことができる。

柄谷あたりの時代に移って、蓮實・柄谷の思想の違いやそれを福田和也がどっちもどっちと言い切っていると著者が言い切っている部分、少し引用すると、

「柄谷氏の批評文は、読者に思考を上演してみせる一方で、読者に思考停止を促してもいる。批評家たちを含む読者は、柄谷氏の作品を読み、自分が思考したかのような錯覚を抱く。しかしそれは自らの頭脳を柄谷氏に譲り渡したにすぎない。」と福田は喝破しています。この指摘は新鮮かつ見事なもので、柄谷行人自身でさえ、思わず首肯してしまったのではないかと思われます。それまでは、戦略的に晦渋な文体を駆使する蓮實重彦とぶっきらぼうなまでに明晰な文体をもつ柄谷行人は、対照的だとみなされてきましたが、福田はいわばどっちもどっちだと言ってのけたわけです。(P187-188)


現代思想の全体像を見る視点がないとなかなか気付かない部分であろう。福田の指摘にはドキっとするが・・。


そして最後の章では著者が00年代最強とよぶ思想家、東浩紀の登場とその思想で終わる。

東浩紀が『存在論的、郵便的-ジャック・デリダについて』を上梓したときの衝撃的なデビューを、著者は考えうる中で最高の形でデビューしたと語っています。それはその本の帯には浅田彰によって

東浩紀との出会いは新鮮な驚きだった。その驚きとともに私は『構造と力』がとうとう完全に過去のものになったことを認めたのである。


と記されていたからである。

この最強の東浩紀のキーワードである、「おたく」「動物化」「データベース消費」を、そしてなぜ彼が最強といわれるのか、なぜ彼がゼロ年代一人勝ち状態にあるのかについて語っている。



本書は、「専門書」ではなく「入門書」に位置づけられる。また、著者の主観的な意見が非常に多い。逆にそこが思想や哲学をより身近に感じさせてくれている。

思想家を紹介するにも、柄谷と浅田はどこで初めて出会ったようだ、などとまるで馴れ初めを紹介してるような部分も多い。ただ、今までの思想入門書に多くありがちな思想家<思想内容に偏ったものよりも、思想家に着眼している部分が多く新鮮である。

決して簡単な内容ではないが、ゼロ年代の思想しか知らない読者に読んでもらいたい一冊。

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