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【書評】絶対貧困-石井光太


絶対貧困

石井光太氏は、アジアの貧困を主に扱う作家である。今回の絶対貧困もタイトルから分かるように、アジアの貧困社会を深く抉った著者である。

よくあるようなドキュメンタリーの暗く重苦しい作品とは違って、石井氏の実体験をもとにした貧困ってなぁに?貧困の実態ってなぁに?に答える授業形式である。
だからおもしろい。だから本来であればもっともっと暗く、ダークに描くことができる出来事も、読者は目を背けずに真正面から受け止めることができる。
そうさせているのは、スラム街に潜入・滞在し、彼らに受け入れられてきた石井氏の人柄なんだと思う。それが文章全体に漂っている。

また著者は、貧困を悲惨で残酷で負のものであるというステレオタイプな考え方ではなく、読者が見ている貧困は貧困の一部分であり、貧困層(スラム街に住む人々)の中にもそれぞれの人生が豊富にあるということを教えてくれる。
例えば、彼らにも恋愛があり、セックスがあり、出産がある。スラム街のどこでどうやって出会い、どんな場所で恋人同士はすごし、どこで出産するのか、ものすごくリアルに描写されている。それも、実体験の中で見てきたというのだからこれ以上のノンフィクションはない。

ただ、どれもこれも気軽に読めるスラム街話だけではない。例えば、テレビで見るスラム街との違いを教えてくれる一文を引用する。メディアを鵜呑みにしてはいけないこを痛感させられる。

日本の撮影クルーはスラムの子供がゴミ拾いをして生活している光景を映して「貧困の中でも明るく元気で生きるたくましい子供たち」というテーマを形にしようとしていました。
さて、そんなスラムの子供の中に、メイちゃんという十歳の女の子がいました。メイちゃんは病気の父親と二人で暮らしていました。母親も兄弟もいなかったのです。家計は彼女が廃品回収で稼ぐお金でなんとか成り立っていました。撮影クルーは彼女がゴミの山の中でたくましく生きる姿を追っていました。
ある時、ディレクターがメイちゃんにマイクを向けて、「どうしてそんなに明るく生きていけるのかな」と尋ねました。彼女はこう答えました。
「仕事は大変だよ。けど、悲しんでいても生きていけないよ。だから、今を笑って生きたいの」
ディレクターはこのセリフにしてやったりの笑顔を浮かべました。番組でつかえると思ったのでしょう。まさにテレビ番組の典型のようなシーンとセリフです。
(中略)
私は撮影クルーが帰った後も、そのスラムに残りました。別に調べたいことがあって残ったのです。一週間、二週間と暮らしているとメイちゃんの家庭の別の側面が見えてきました。
それは毎晩十時過ぎに起きました。寝静まると、どこからともなく中年女性が髪をふり乱してやってきて、メイちゃんの暮らす粗末なバラックの壁を棒でもって叩くのです。大きな石を投げ込んだり、火をつけたりしようとしたこともありました。その度に、近隣の住人が駆けつけ、彼女を殴りつけて追い返します。ひどい時には、血がでるまで殴りつづけることもありました。
最初、私は中年女性をスラムに暮らす知的障害者だと思っていました。ところが、ある日メイちゃんからこんなことを言われたのです。
「あの女性は、わたしのお母さんなの。お母さんは十人ぐらい子供を産んだんだけど、わたし以外はみんな死んでしまったの。お母さんはそのせいでおかしくなって、わたしのことを『魔女』だって言いはじめたの。わたしが赤子の生気を吸い取っているから、赤子が死んじゃうんだっていうのよ。お父さんは怒って変になったお母さんを追い出したわ。けど、お母さんはわたしを殺せば他の子供が蘇ると思っていて、毎晩実家を脱走しては殺しに来るの」
 メイちゃんの母親は、赤子が立てつづけに死んでしまったため精神に障害をきたしてしまったのでしょう。お腹を痛めた子が十人もつづけて目の前で死んでいったら、そうならない方が変なのかもしれません。それですべてをメイちゃんのせいにして毎晩襲い掛かってきていたのです。
 私たちがテレビで見る「笑顔」も一つの現実です。しかし、メイちゃんの笑顔の下には、何人もの兄弟の死と母親の狂気があるのです。


このエピソードから分かるように、メディアに取り上げられるスラム街は「絵」になる部分だけ。本当に直視しなければならないのは、本書にあるようなリアルな絶対貧困層であろう。
ちなみに、絶対貧困とは1日1ドル以下の生活費で生活している人々を指している。

本書全体を通じて恋愛・人生・仕事のような人間に普遍的な部分を多く取り上げており、先進国でのそれとの比較がしやすく、生活の一部始終が手に取るように分かる。

本書を読んでスラム街の人々に対して、「へぇ、やっぱり同じ人間なんだなぁ。セックスもそホテルかそれ以外か、そして出産も病院なのかそれ以外か場所が違うだけ。やっていることは同じ。ビジネスだけは仕入れるものがないから人間を商品として仕入れる。そこは違うけど、なんだか親近感が沸いてきた」というのが率直な感想。

今まで圧倒的な他者という目線だったのが、読み終わりは親近感。この本、悪くない。

ただ、ドキュメンタリーかつ1人の視点での作品であるため、実体験日記という枠組みを超えることはない。スラム街の概論であったり、マクロ視点での言及は少ない。
よって、ある一人の作家の実体験日記(しかもライトでポップ)であることを念頭において読んでもらいたい。



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